震度6強 安平町

このような災害に自分が遭遇するとは夢にも思っていませんでした。ニュースで確認したところ一番ひどい地域では震度7に達し映像で見たところとんでもない規模の土砂崩れで一つの集落がほとんど巻き込まれてしまったらしい。時間が経つにつれて遺体となって発見される人が増えてきていますが何とも悲しいことです。

我が家は前の日の台風の強風のため夜中に屋根の鉄板の一部が剥がれて落ちてしまいました。このことでかなりショックを受けましたが大急ぎで業者にお願いして雨漏りしないように応急処置をし一安心して就寝したら夜中にこの大地震。私が感じたのは、最初に縦に揺れ、すぐ大きな横揺れがしばらく続いたように思いました。起きてみると既に停電、いろいろな物が散乱し冷蔵庫の中身まで転がっていました。まだ暗いうちだったので明るくなる頃まで寝てから起きてみると停電の他、断水もおこっていました。歩くのに危険なものだけ軽くかたずけて取りあえず仕事に出かけましたが、隣町にある職場では水道は来ているものの停電になっていました。昔は停電でも使用可能だったのに今の電話は停電になると全く使用不能となるため事務所機能は全く麻痺状態です。仕事の依頼は直接個人携帯に入ってくる状態となるため、その日は取りあえずの仕事が終了したら、事務所に待機しても意味がないのですぐ帰宅してかたずけを始めました。まず家の点検をしてみましたが家が倒れてしまうのではないかと思うほど揺れたにもかかわらず幸いにも痛んだ所はありませんでした。家の中は少しずつかたずけていますが、何といっても一番こたえているのは断水です。もう断水3日目になりますが、町内の給水所に行っても入れ物を用意していないと入れてこれないし、飲用水が優先なのでトイレのタンク用に沢山持ってくることはできません。入れ物自体そんなに用意してはいませんでしたが、たまたま職場は停電していても水道は出ていたので段ボールにビニール袋を入れて水を運んでくることができ何とか間に合わせることができています。でも、トイレは使用するたびに20リットル近い水をタンクに手で補充するのはなかなか大変です。あまり気分は良くないけど携帯トイレの方が簡単です。色々工夫してもどうしようもないのがお風呂です。電気があっても水道がだめだと給湯用ボイラーは使用できないし、やかんにお湯沸かしても足りないし、何とか早めに断水が解消してくれるのを待つだけです。

今回このようなことに遭遇し思ったのはやはり情報が伝わらないことでした。特に身近な情報は全く伝わらず、役場が広報車で回っても内容が聞き取れず、電話は不通、ホームページを見るようにいわれても混み合っていて繋がらず、何時、何処で給水が行われているのかも全くわかりませんでした。今日仕事が休みだったので町内を回ってみたらなんとすぐ近くの会館が給水所になっていました。電波状態が悪くてもメールやラインは通じるので、事前に役場にアドレス登録して災害時の情報発信はこれを使用してもらいたいように思いますができないのでしょうか。是非取り組んでほしいものです。また、携帯ラジオ、乾電池、携帯電話のソーラー充電器は用意しておくべきだとつくづく思いました。

 

 

 

 

 

熱中症か体力の限界か  シニアのつぶやき

今年の夏は例年になく仕事に疲れているような気がします。仕事の性格上、毎年、夏は忙しくなるのですが、今年は特に毎日の身体の負担が大きいような気がします。自分の年齢が上がってきているためなのか。自分なりに分析してみると2つの要因があるような気がします。

まず一つは、体力的負担です。自分がシニア世代になって気分的には何も変わってないように思っていますがいつの間にか体力が弱くなっている、例えば握力一つとってもかなり弱ってきているようです。それに加えて今年の気候の悪さが体力の消耗に拍車をかけているような気がします。例年ならば北海道は7月頃から晴れた湿度のあまり高くない気持ち良い天候が続くはずですが今年は例年と全く違っています。台風がハイペースで発生している影響で9月に入ってもまるで本州の梅雨時期のような気候が継続しています。この梅雨時期のような湿度の高い暑さが外勤を中心に働いている私にとってはかなり悪影響を与えています。今年のような湿度の高い夏は今まで北海道に生活していて経験ありません。40歳くらいの時、事務仕事中に熱中症になって以来湿度の高い暑さに非常に弱くなっているので今年のような暑さは非常につらい状況です。

もう一つは、管理職から外れる年齢になって大きな責任なしに働いている状況が影響しているのではないでしょうか。毎日一生懸命働いてはいるのですが心のどこかに今日の仕事を何とかこなそうという気持ちだけがあり、管理職時代のような気分的な高揚感は全くなくなっているためだと感じます。まあ、これは仕方のないことかもしれませんが、60歳を過ぎて管理職を外れるとやはり今までとは違う安堵した気分になってしまっています。このような気分に加え本俸が七割に減額されていることが追い打ちをかけているような気もします。でも、悪いことばかりではなく、昔管理職になる前の時代には全く支払われなかった時間外手当が、今の時代はすべて払われるようになっています。管理職をはずれた今は忙しくて残業になった場合は時間外手当がすべて支払われています。少し救われます。

国は年金受給開始年齢の引き上げに伴い、高齢者が少なくとも年金受給開始年齢まではその意欲と能力に応じて働き続けられるよう、高年齢者の安定した雇用を確保するための処置として高年齢者雇用安定法を制定しています。この法律では65歳未満の定年を定めている事業主に対して65歳までの雇用確保のため、①定年の引き上げ、②継続雇用制度の導入、③定年の定めの廃止のいずれかの処置をとることを義務付けています。

私の職場は定年の引き上げが採用され、現在一般職員として2年目を迎え働いていますが今年は3人も職員がやめて代わりに新人が入ってきたこともあり、今までと同様かそれ以上の内容の仕事を強いられています。最初の予想ではもう少し余裕のある働き方ができて夕方5時にはゆっくり退社できるものと思っていましたが現実は厳しい状況です。こんなに働くなら本俸も七割に減らさなくてもいいのではないかと思いますが、そんなに都合の良いようにはいきませんよね。

時間外手当がでるだけでもよしとしなければ。・・・・これって考え方古い?

 

ハスの花 満開!!

近所の鹿のいる公園でハスの花が満開です。

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これはオス鹿です。11月に発情が来た後は春に角が自然に取れてまた新しいものが生えてきます。

6月生まれのかわいいバンビは恥ずかしがって出てきませんでした。

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東京医科大学 受験生を欺く

東京医科大学でとんでもないことが発覚しています。そのきっかけとなったのは文部科学省前局長との贈収賄事件です。国の私学助成金を受け取るために前局長の息子の裏口入学を実施しその見返りに国の補助事業に参入させてもらい補助金約4100万円を受け取ったということらしい。贈収賄では現金を受け取っているのが一般的ですが今回はなんと自分の息子の合格を条件にしたとんでもない内容です。親自身も高級官僚になるために受験には苦労し頑張ってきただろうに、自分の息子には安易な方法を用意してしまうとはどうゆうことだろうか。国の補助金の対象大学を決定できる自分の職権をいつの間にか自分の意志により自由にできるものと勘違いしてしまったのか。さらにそれを自分の息子のために安易に使ってしまうことに罪悪感はなかったのか。息子本人も裏口入学を認識していたのかいなかったのかはよくわかりませんが、いずれそのことが発覚するでしょうからその時は本人の人生が大きく狂ってしまうことくらい冷静に考えればすぐ気づくことと思います。親としてどうしてこんなことをしてしまったのか理解できません。私も一浪して大学に合格しましたが受験生は必死に受験勉強に取り組んでますから多分親が勝手に便宜を図ったのではないかと思います。もし、本人が親に頼んでやったことならばそういう人間が医者になったら大変でしたね。

このことだけなら息子を巻き込んだ公務員の贈収賄事件のみでしたが、このことの調査に臨んだ調査委員会の調査過程でなんと入学試験の合否判定に慣例的に手を加えていたことが発覚しました。しかも理事長と学長と一部の学生課の職員で実施し他の理事たちには知らせていないということです。少なくとも女子受験生の合格比率が40%近くなった2006年以降行われてきたらしく、女子受験生の点数に一定の比率をかけて女子学生が多くなり過ぎないように男女の合格比率を調整してきたということです。さらに、浪人年数の長い受験生についても不利になるような点数調整が行われていたようです。受験生の気持ちがよく分かる自分としては全くやりきれない思いです。入学試験は公正に行われているものと信じ、不正があるとは夢にも思わず、すべてを受験勉強のために犠牲にしてきた学生にとっては現代社会に裏切られた思いではないでしょうか。大学と言う教育機関で一部の理事たちにより受験生を欺くような入学試験が長年行われてきたことは大きな社会問題ではないだろうか。女子学生を差別するような入学試験が長い間慣例的に実施されてきたということは許しがたいことです。弁護士によると、男女平等を無視しているばかりではなく、公平な入学試験を実施しているように見せかけて受験料をだまし取る詐欺罪にも匹敵するそうです。

法律を無視し、まだ未成年の受験生を欺くようなことが一部の大人によって当たり前のように何年も続けられてしまう日本の社会は情けないですね。日本の社会は旧態依然として事なかれ主義が未だに改善されず、自浄作用が働かない集団のままなのでしょうか。

御嶽海、初優勝、現代の若者にも感動の涙が。

関脇 御嶽海が初優勝。初土俵から3年半というスピード優勝。学生横綱から入幕したとはいえ早い優勝達成でした。本人は優勝が決まっても絶対泣かないと宣言していたようですが実際に初優勝が決まると涙が止まらなかったようです。今どきの若者でも努力の結果としていい結果が出るとやはり感動しますよね。その一生懸命さが我々見ている側にも伝わってくるので一緒に感動できます。今場所は三横綱、一大関が休場した波乱の場所ではありましたが見事に三役の一人、大関が優勝してくれて、しかも久しぶりの日本人力士の優勝です。最近やっと日本人横綱、稀勢の里が誕生して期待したにもかかわらず、怪我で休場が続き相変わらず外国人力士が活躍する状況が続いていただけに今場所の御嶽海の優勝はテレビ桟敷の相撲ファンを喜ばしてくれました。

大相撲といえば、私が小さい頃はなんといっても大鵬関でした。「巨人、大鵬、卵焼き」子供の好きなものの代表になっていましたね。自分自身が小さい頃に一生懸命相撲を見ていたわけではありませんが、親が一生懸命テレビで応援していたので小さい子供にも大鵬関の強さが印象つけられたと思います。大鵬関は引退後大鵬部屋を開設し後進の指導に努力していましたが、娘婿の貴闘力が自他ともに認めるギャンブル依存症で後継がうまくいかなかったようです。大横綱が部屋の親方となっても必ずしも良い親方になれるとは限らないようですね。私が記憶している失敗した親方としては輪島関がいます。「黄金の左腕」と言われる左の下手投げの素晴らしい横綱でしたが、親方になってからは運営が上手にできず花籠部屋を潰してしまいました。いくらなんでも借金で伝統ある相撲部屋を消滅させてしまうとは前代未聞の出来事と思いました。その時所属していた力士たちは大変な思いをしたことでしょう。花籠部屋は7年後復活したようですが今はなくなってしまっているようです。輪島関本人はその後プロレスラーになったりして余生を過ごしているようですが、大横綱が必ずしもいい親方になるとは限りませんね。

最近の親方では貴乃花親方はその後どうしてるのでしょうね。相撲の世界から暴力をなくしようという強い思いから一連の行動となったのでしょうけれども、あまりにも頑固過ぎたようですね。もう少し話し合いの余地のある行動の仕方をとるべきだったのかもしれません。あまりにも四角四面にやり過ぎたばっかりに自分の部屋で暴力問題が出てしまったときには、自分の立場の置き所がなくなってしまったようです。貴乃花部屋の名前を返上する意向であるというニュースを聞いたのを最後にその後のことはあまり報道されてないようですね。

皆さんも取り組んでいることを情熱をもって対応していけば周囲の人とも気持ちを共有して行けるのではないでしょうか。何事も一生懸命ですね。

定年ー終わった人

先日、「終わった人」という映画を見てきました。定年後の生活についての映画でしたが、自分と同年代のシニア世代の話なので何か身につまされるようなものがありました。映画を見た方もいるかもしれませんが、ストーリーとしては、定年退職した東大卒で一流銀行を定年退職したサラリーマンが、どうなっていくかを描いたものでした。最初は家族にゆっくり好きなことを楽しむことを進められますが、何気なく図書館その他行くところ行くところ老人ばかり沢山いることに抵抗を感じ、何となくどうしようもない気持ちになってきた頃、若者の経営するIT関係会社の顧問に迎え入れられることとなり、やはり自分には仕事が一番と感じ張り切って仕事をこなしていきましたが、突然社長の急死により自分が社長にと頼まれ妻の反対を押し切って引き受けてしまった結果、会社は倒産し自分に多額の借金が残る。途方に暮れているところに故郷の同級生たちと交流することがあり、故郷へ帰ってくるよう皆に進められ、妻とは相談の上、離婚(卒婚)して一人故郷へ帰っていくという物語でした。

定年と言っても色々で、一般的には60歳だけれど自衛隊のように55歳と早いところもあり様々です。55歳で定年になってしまえば普通はちょうど子供が大学生の年代なので経済的には大変だろうと思いますし、60歳で定年になっても次にやりたいことがはっきりあるのであればいいのですが、多くの人はやることが特にないのに身体はまだまだ元気いっぱいで仕事がないのが辛い毎日の生活になってしまうのが普通のようですね。私の職場はたまたま今年度広域合併があり定年が65歳までになったためまだ普通に勤務していられ、職種的にも技術職なので体力的に元気でさえあれば若い年代とも問題なく一緒に仕事をこなしていけます。再雇用制度で定年後も定年前と同様の仕事を継続している方も沢山いるようですが給与等の待遇面ではなかなかうまくいってないような職場が大方のようですね。新聞に載っていましたが、トラックの運転手が再雇用で定年前と同様の仕事にもかかわらず給料が減額されるのは不当だという訴えをお越し、手当はなくなるが本俸は定年前と同等にもらうべきだという判決が出たようです。

世間では年金減額問題と関連して定年廃止の話も出てきているようですね。身体が元気なうちはできるだけ働いていたほうが精神的にも金銭的にも充実した毎日が遅れるのではないでしょうか。定年になったら毎日好きなことをして暮らすといっても3週間で飽きてしまう、旅行三昧の生活を楽しむといっても3か月で飽きるし金銭的にも大変と言うような言葉を何回か聞いたことがあります。自営業の方々の生活感は経験してないのでよくわかりませんが、サラリーマン的には体力があるのであれば働いた方が充実した毎日が送れるのではないかと思います。徐々に体力が落ちてきたら仕事量を減らし、1週間に3日間働くとかしていけるといいですね。その気になればシルバー人材センターでも何でも何か仕事はありますよ。

40年近くも続けてきたサラリーマン生活を突然辞めても家族関係や私生活も順調にはいかないでしょう。