忘年会ハラスメント

12月は忘年会のシーズンで何処の職場でも開催かれることが多いと思います。先日、テレビ番組で忘年会の最近の状況を放映していました。昭和の時代からの忘年会の状況のままでは現代社会においては、ハラスメントが詰め込めれた会合と決め付けられていました。現在のハラスメントを考慮すると、我々の年代が考える忘年会自体開催は無理だと思います。番組では、特殊なパターンを紹介していましたが、参加を呼びかけること自体がハラスメントであり、実際に開催しても、若い年代と年配者とは同じテーブルに着かず、年代別にテーブルにつく事により、年配者の聞きたくもない自慢話や昔の話を聞かされるハラスメントを最初から回避するようにテーブル構成を設定する方法や、ネットのテレビ映像で参加する者もいるようなネット忘年会、上司が若い年代に積極的にお酒を注いでまわり口説い話はしない等、我々の年代の年配者には考えられないような忘年会の現実を紹介していました。忘年会に関してよく聞かれるハラスメントとして、セクハラ、パワハラ、アルハラの3つが挙げられます。
今やなんでもかんでもハラスメントと訴えられる時代、企業側はこれらのハラスメントの定義と具体的な事例について、きちんと認識しておく必要があります。特にセクハラとアルハラについて次のような記事があったので紹介します。

セクハラ

男女雇用機会均等法によると、セクハラとは次のように定義されています。

  1. 職場において、労働者の意に反する性的な言動が行われ、それを拒否したことで解雇、降格、減給などの不利益を受けること
  2. 性的な言動が行われることで職場の環境が不快なものとなったため、労働者の能力の発揮に大きな悪影響が生じること

忘年会での具体例としては、性的な経験について尋ねることや女性社員の体に触れることなどは当然のこと、お酌や男性上司の隣に座ること強要することもセクハラの対象となり得るとされています。
セクハラに関しては受け手の捉え方による部分が大きいので、明確にこの行為がセクハラあたるとは断言できない状況です。
しかし、セクハラを受けたと相談を受けた際には、些細なことであっても「それくらいのことで」などと軽くあしらったりせず、真摯に対応を心掛けることが大切です。

アルハラ

飲酒にまつわる人権侵害の行為を指します。具体的には以下の5つとされています。

・ 飲酒の強要
・ イッキ飲ませ
・ 意図的な酔いつぶし
・ 飲めない人への配慮を欠くこと
・ 酔ったうえでの迷惑行為

数あるハラスメントのなかでも、アルハラは最も命の危険に直面するリスクを持っています。近年、急性アルコール中毒により命を落としてしまったというニュースが後を絶ちません。
ちなみに、急性アルコール中毒の疑いが生じた場合のために、以下の救護処置を覚えておくとよいでしょう。

・絶対に一人にしない。
・衣服をゆるめて楽にする。
・体温低下を防ぐため、毛布などをかけて暖かくする。
・吐物による窒息を防ぐため、横向きに寝かせる。
・吐きそうになったら、抱き起こさずに横向きの状態で吐かせる。

吐けばアルコールが排出されて状態が改善すると考えがちですが、酔いつぶれた人を無理に吐かせようとすると嘔吐物がのどに詰まり、窒息する可能性があります。
また、意識のない場合は速やかに救急車を呼ぶ必要があります。
体調を崩すことが分かっていながら飲酒を強要し、急性アルコール中毒で死亡させた場合は、刑法第205条(傷害致死罪)が適用され、3年以上の懲役が科せられます。
昔からお酒の場にトラブルはつきものと言われていますが、企業モラルに注目が向けられる今、企業は十分に人権や健康管理に配慮する義務があります。
安全で楽しい忘年会となるよう、上司や幹事の方はこれらの点を注意しておくべきと思われます。

このようなことを意識しながら忘年会に参加しても全く楽しむ事はできませんね。これなら、職場の忘年会はほとんど酔わずに終わらせて若い年代の愚痴でも聞いてあげて、別の時に先輩や同年代と飲み会を開いた方がゆっくり楽しく酔えますね。

でも、職場で私の年代になると周りは全員年下なので楽しくゆっくり飲むならば一人でゆっくり飲んだ方が気分良く酔えますね。

忘年会ホテル事情

今年も忘年会シーズンになってしまいました。皆さんは何回くらい忘年会に参加されますか。個人的なもの、職場のもの、あるいは営業のための仕事の一環として連日参加せざるを得ない方もおられるのではないでしょうか。

私は職場の忘年会くらいしかなく、あとは町内会の会館でやる町内会役員の忘年会くらいしかありません。ここ数年は、職場の忘年会の場合、ホテルに宿泊し翌日は有給休暇を取ってゆっくり二日酔いを覚ましながら帰って来ています。昔は、職場の事務所に何人かで雑魚寝したり、無理に汽車で帰ってこようとして寝入ってしまい乗り越してしまい、夜中の田舎駅で途方に暮れて仕方なく徒歩で7kmも真冬の夜中に歩いて帰った経験もありました。でもまだ30代の元気な頃だったので翌日も何の影響もなく仕事をする事が出来ました。でもここ10年くらいは、会の終了後慌てて帰るのも大変で、翌日の仕事も大変なので安いホテルに宿泊するようになりました。こうする事により、当日の忘年会もゆっくり参加でき、それなりのベットでゆっくり酔っ払った身体を労って寝る事ができるようになりました。酔っ払って寝るだけなので、安めのホテルを予約して約4000円台で泊まる事が出来ていました。しかし、最近では千歳空港のある千歳市ではホテルが全体的に高価になって来ています。札幌なら安めのホテルもまだまだあるようですが、千歳市では一泊朝食付きだと4000円台がなく、5000円台(消費税が入ると6000円近くなってしまいます。)しかありません。数年前まで4000円台でよく宿泊していたホテルは例年と同じ時期なのに7,000円にまでなっています。忘年会の参加費と合わせるとかなりの出費となってしまいます。それでも、泊まらない訳にも行かないので一泊5900円で普通のビジネスホテルに宿泊しましたが、チェックインとチェックアウトの時は中国の人達でごった返していました。昔はこんなに中国の人たちは千歳市には宿泊せず札幌に行っていたようですが、最近は事情が変わったのでしょうか。宿泊費の値上がりには利用客の増加がかなり影響しているのでしょうから仕方ない事なのかもしれません。酔っ払って寝るだけで6000円近い出費は我々サラリーマンにはちょっと大変ですよね。

 

忘年会について次のような記事があったので紹介しておきます。

忘年会の由来についてはハッキリと特定はされていませんが、遡ること鎌倉時代。貴族などの上流階級の人たちが集い、一晩中和歌を詠んだと言われる「としわすれ」という行事が忘年会の起源だと言われています。現在の忘年会のような飲み会ではなく、もっと静かで厳かな年中行事だったようです。そんな現在の忘年会のスタイルに近づいたのが江戸時代庶民の間で、1年の苦労を忘れるため酒を酌み交わす習慣が生まれました。

そして忘年会が定着したのが明治時代です。年末に里帰りしなかった学生や、お給料をもらったばかりで懐が暖かい官僚が、年末に忘年会を始めたとのこと。これが文明開化の流れとともに
世間に広まり、当たり前の年中行事になったというわけです。

文献では、明治後期に書かれた、夏目漱石の「吾輩は猫である」に忘年会という言葉が初めて
出てきたそうです。特に注釈も付いていないことから、この頃にはすでに忘年会という言葉が当たり前に使われていたという。

 

子供園お遊戯会事情

先日、孫のお遊戯会を観に札幌へ行ってきました。自分の子供のお遊戯会は今から30年近く昔のことになってしまうので現在の事情とは全く違う時代でしたが、その当時は今も住んでいる田舎町の中でしたので先日行った札幌の子供園とは全く違うものでした。お遊戯会の始まりから終わりまで町内の人なら誰でも観に行けるような状況でした。自分の子供だけでなく他の家の子供達も全員顔も知っている子供たちなので、自分の子供の出るシーンだけでなく劇、あるいは合唱等の全体を楽しむ傾向があったようです。人口が元々少ないので、子供達が一生懸命練習した成果をなるべく沢山の人に見て頂きたいという雰囲気があったのではないでしょうか。あれから30年近く経った現在でも我が町では事情はほとんど変わってないものと思われます。それどころか人口が減少しているので子供の人数もかなり減ってきてしまっているようで、昔より寂しい状況になってしまっているのではないかと思われます。

それに比べて、都会札幌の事情は全く違いました。子供園なので小さい子供から沢山の子供が所属しており、孫の出演状況を見ただけでも1クラス40人近くが約15分くらいの間に出演が終わるように設定されていました。少し早めに到着して他の子供の劇も観れると楽しいのかなと思いましたが、そんなことはできないようなシステムになっていました。1つのクラスごとに親等の鑑賞者は総入れ替えで、30分以上前から親たちは会場の前に列を作って並んで待ちます。そして、前のクラスが終わって前のクラスの親たちが会場から出ると並んでいた次のクラスの親たちが入って来て観覧席に座ります。そして自分たちの出番が終わったら子供も親もそのまま帰らなければなりません。うちの孫の出番も15分くらいの劇のうちの何分かですぐ終わってしまいました。都会では待機児童がいるくらい子供の人数が多いためこのような現実も仕方ない事のようですね。我々夫婦二人で当日田舎から朝早く出ていくのは大変なので、前の晩に札幌まで行って夫婦の忘年会を兼ねて札幌に前泊しましたが、本番はあっという間に終わってしまいました。都会は子供も親も大変ですね。

話は変わりますが、このお遊戯会の帰り道、燃料屋さんの店舗の片隅に木工製品を並べて、「ご自由にご覧ください」というところがあったので入ってみました。そこには、北海道でも有名な木工の工房が沢山ある北海道東川町の木工製品や、そこのご主人が作った簡易な製品、東川町の工房の所在パンフレットなどが展示されていました。店員さんの話によれば、そのお店の社長さんが木工製品に興味を持っており、作品作りにも一生懸命で取り組んでいるという事でした。本業の燃料屋は若社長(息子)に任せて自分は木工に取り組んで、仲間を集めて東川町に視察に出かけたり、木工細工の場所がない人たちには自由に使えるように自分の工房を貸出したり、我々シニア世代には理想的な生活しているのではないかと少し羨ましく思ってしまいました。

私も木工に興味があり、工房借りたいくらいですが、やっぱり、札幌に住まなければ無理なんでしょうね。

 

流行語大賞はスマイリングシンデレラ?

毎年発表される流行語大賞は世相を反映した面白いものが多いですね。ここ数年の大賞を調べてみたら次のようなものがでてきました。

2007年 どげんかせんといかん(東国原英夫=宮崎県知事)

    ハニカミ王子(石川遼)

2008年 アラフォー(天海祐希)

    グ~!(エド・はるみ)

2009年 政権交代(鳩山由紀夫=内閣総理大臣)

2010年 ゲゲゲの~(武良布枝=「ゲゲゲの女房」著者)

2011年 なでしこジャパン(小倉純二=日本サッカー協会会長)

2012年 ワイルドだろぉ(スギちゃん)

2013年 今でしょ!(林修=東進ハイスクール講師)

    お・も・て・な・し(滝川クリステル)

    じぇじぇじぇ(宮藤官九郎、能年玲奈)

    倍返し(堺雅人、TBS「半沢直樹」チーム)

2014年 ダメよ~ダメダメ(日本エレキテル連合)

    集団的自衛権(受賞者辞退)

2015年 トリプルスリー(ソフトバンク柳田悠岐、ヤクルト山田哲人)

    爆買い(羅怡文=ラオックス社長)

2016年 神ってる(広島緒方孝市監督、広島鈴木誠也外野手)

2017年 インスタ映え(CanCam it girl)

    忖度(稲本ミノル=株式会社ヘソプロダクション代表取締役)

2018年 「そだねー」(ロコ・ソラーレ 平昌オリンピックカーリング女子日本代表)

特に2018年の大賞は北海道のカーリングのチームの言葉で私たち北海道のものには普通の言葉のようですが、方言であることと親しみ易いということで選ばれたのではないでしょうか。

 

さて、今年の流行語大賞の候補には沢山の候補が上がっているようです。

(1)あな番(あなたの番です)
(2)命を守る行動を
(3)おむすびころりんクレーター
(4)キャッシュレス/ポイント還元
(5)#KuToo
(6)計画運休
(7)軽減税率
(8)後悔などあろうはずがありません
(9)サブスク(サブスクリプション)
(10)ジャッカル
(11)上級国民
(12)スマイリングシンデレラ/しぶこ
(13)タピる
(14)ドラクエウォーク
(15)翔んで埼玉
(16)肉肉しい
(17)にわかファン
(18)パプリカ
(19)ハンディファン(携帯扇風機)
(20)ポエム/セクシー発言
(21)ホワイト国
(22)MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)
(23)○○ペイ
(24)免許返納
(25)闇営業
(26)4年に一度じゃない。一生に一度だ。
(27)令和
(28)れいわ新選組/れいわ旋風
(29)笑わない男
(30)ONE TEAM(ワンチーム)

 

全体的に今年の流れとしては、ラグビー日本代表のワールドカップでの戦い振りが世相を盛り上げたと思います。初めてのベスト8進出という快挙を成し遂げて、日本ではややマイナーなスポーツであるにもかかわらず、沢山の人がにわかファンとなって日本での開催を盛上げました。このラグビー日本代表の話題が中心となりそうな気がします。ジャッカル、にわかファン、笑わない男、ワンチーム等が候補に出ており、ラグビー日本代表がワンチームの精神を掲げ、日本代表が一つのチームとして結束を固めて偉業を成し遂げたので、この「ワンチーム」という言葉が選ばれそうな気がします。でも、今日本でこの言葉が選ばれると、政治的に今の長期安倍政権のあり方を肯定しているようで嫌な気分になります。それよりもっと爽やかな気分にしてくれる「スマイリングシンデレラ/しぶこ」の方が精神的にずっといいような気がするのは私だけでしょうか。

五輪マラソン札幌移転?

東京オリンピック開催を来年に控えて。最近突然、国際オリンピック委員会(IOC)からの指示で開催場所を札幌に移転することが決まってしまいましたね。IOCの言い分としては、暑い地域のマラソン大会で棄権選手が続出したことを理由にしているようです。あくまで、理由は選手ファーストの考え方であることを強調しています。東京都知事はあくまで東京開催を要求したようですが結果としてIOCは譲らず押しきった形となっています。IOCは今までも競技種目の変更(レスリングを無くする等)突然の申し入れをしてきた経緯があるようですが、今回のことはあまりにも突然で急な決定すぎるのではないでしょうか。色々なニュースで取り上げていますが、急に言われた札幌市は残された短い期間に万全の準備ができるのだろうか。或いは、参加選手は何年も前から東京で走ることを前提にトレーニングを積んできておりその道程、高低差、暑さなどに対策を立ててきています。それなのに本番を来年に控えた今頃になって突然にコースの変更をされてもこれまで積み上げてきた出走のための準備が無駄になってしまいます。このことについて五輪出場経験もある千葉真子氏(43)が4日、生番組で、2020年東京で五輪マラソンの札幌移転決定について、次のように、その“アスリートファースト”に疑問符を付けています。

 千葉氏は、東京でマラソンが実施された場合、ほぼ同じコースで9月15日に開催された代表選考レース・MGCについて「実際に選手が走って、思ったほど暑くなかったって。遮熱性舗装なんかの効果なんかも感じたんじゃないかと思うんですが。そういうその選手たちの意見を全く聞かないで決めてしまうというこのプロセスがね…」と、札幌移転を決めた経緯を疑問視。
 「やはり暑さに強いとか上りに強い選手は、東京が良かったわけですね。逆に涼しいのが得意、フラットがいいな、スピードがあるっていう人は札幌でラッキーということで、やっぱり大会スケジュールを発表した後の変更っていうのは、不公平を生んでしまいますので、アスリートファーストと言えない部分もあるんですよね」と指摘した。

 

また、元バレーボール日本代表でタレントの川合俊一は、東京五輪のマラソンの札幌開催が決定したことに「(札幌市が)うちではできませんと言えば、こういうことにはならなかったんじゃないですかね」と意見を述べ、「だって『お金どうするんだ』って札幌市は言ってるんですよ。東京がすごいお金を払っているのを知ってるわけだから、『ちょっと横から“鳶が油揚”みたいなことはできませんよ』と言えば」と札幌の対応に首をかしげた。というニュースも出ていました。

いつも、こういう大きな組織の決定は上層部が突然決定し発表するもので、現場の人間からは必ず、聴いてない、知らなかったという意見が出ます。でも、それが組織というもので、決定事項が吉となるか凶となるかは上層部の資質の良否によるのではないでしょうか。ただ、陰でお金が動いていないことだけを願うばかりです。

 

セブンイレブンの営業時間

最近コンビニエンスストアの大手セブンイレブンのオーナーが人手不足を理由に深夜営業の中止や短縮を求めているという記事を見かけました。確かに今の時代コンビニエンスストアは我々の生活に密着しているものと感じられます。朝早くやお昼、深夜もいつでも気軽に利用が可能です。昔、私が就職した当時はまだコンビニはなく、特に私のいた田舎の方では仕事で帰りが少し遅くなると既にすべてのお店が閉まっており自炊をしていない私としては食べるものがなく困ったものでした。それに比べ、今はどんなに遅くなっても24時間営業のスーパーやコンビニエンスストアが沢山あり、おにぎりやお弁当を買って帰ることができます。便利になったものですね。

昔、私が大学受験の時経験したことですが、会場のある都市に向かう日、突然の大雪で鉄道が不通となったため、別のルートで向かいましたが、出発から約10時間くらい乗りっぱなしでやっとある田舎駅にトイレタイムで途中下車した時、駅前には公衆電話が一つと雑貨屋さんが一軒だけしかありませんでした。電話ボックスはすぐに長蛇の列となり、雑貨屋さんは満員状態で、賞味期限切れのカップラーメンやソーセージが飛ぶように売れ、この店始まって以来の大繁盛だった記憶があります。この田舎町に30年後くらいに出張でたまたま車で通ったことがあり、雑貨屋一軒しかなかった駅前は綺麗に区画整理され、何とコンビニエンスストアが2軒も建っていました。あの当時、コンビニエンスストアがあれば賞味期限切れのものではなく美味しいものを沢山買うことができたでしょう。

営業時間についてセブンイレブンは今日次のようなことを決定したという記事が出ていました。

 

セブン、正月とお盆の休業認めず 夜間最大8時間

セブン―イレブン・ジャパンは1日、フランチャイズ加盟店向けに深夜休業に関するガイドラインを配布した。「利用客や配送業者に混乱を招くため特定の時期の休業は認めない」として正月やお盆を例に挙げた。休業時間は午後11時から翌日午前7時までの最大8時間で、深夜休業を決めれば原則として365日続けるよう明記。

ガイドラインは約50ページに及び、24時間営業をやめる場合、加盟店が本部に支払うロイヤルティーの減額幅は縮小する。曜日別に時間を変えられないなど制約を課した。
 オーナーの一人は「もっと柔軟にしてほしい。24時間営業を死守したい意向が垣間見える」と話した。

 

会社側はフランチャイズ加盟店の要望をある程度受け止とめた形は取っていますが、24時間営業をやめる場合はロイヤルティーの減額幅を縮小したり、曜日別に時間を変えられないなど制約しており、あくまでコンビニエンスストアの便利さを失わないという会社側の方針は変えないようですね。

サービス業という面から考えるとこのような方針をすすめるのは当然なのかもしれませんね。それを実践している現場の人達の努力により我々は便利さを享受しているのでしょう。

 

確定申告せず!チュートリアル徳井

チュートリアル徳井さんが大変なことになっていますね。吉本興行にいながら3年前に自分の会社を設立。一度も税務申告を行なっていなかったらしい。自分で会社つくっておきながら会計士ひとり雇っていなかったのだろうか。色々言いたいことはあるでしょうけど納税は国民の義務として40歳過ぎた大人ならそれくらいのことは認識していなかったのだろうか。本人は想像を絶するだらし無さと自分を形容しているようですが、会社を立ち上げた大人としてのコメントとは到底思えません。確定申告という事務仕事は我々サラリーマンも苦手とする所ですが、自営業をやりながら3年間も税務申告しなかったということは通常は考えられませんね。途中で国税局からの催促にも応じなかったため貯金の差し押さえも行われていたようですが、それでも何とかなるのではと思ってそのまま無申告で経過したらしいです。呆れますね。

会見の内容がyahooニュースにあったので乗せてみます。

【徳井に聞く】

 ――7年で1億2000万円?

 「客観的に見てもとんでもない金額。一般の社会人では考えられない想像を絶するだらしなさ」

 ――税理士の作業は?

 「僕からの資料がないとできない。その作業を僕が怠っていた。催促があったが、何となくいけるかなという感覚があった」

 ――税理士は会社設立当時の09年から?

 「はい。3年間無申告だったと国税にしかられ、その前にも修正すべき所があると言われた。税金で払うものはしっかり払うつもりでいた一方で、ルーズだった。ええオッサンが納税について知らず、穴があったら入りたい思い」

 ――その前の4年間に所得隠ししていた?

 「洋服代などは100%経費で落ちるものではなかった。時計は趣味で何十万、百万のものを買うこともあった」

 ――旅行代も?

 「プライベートな話もネタにするなど“後で仕事になる”という意思で税理士に渡していたかも」

 ――国税の指摘があったのは?

 「昨年末。とんでもないことをしてますよ、と言われた。認識が甘かったことを指摘され、重大さに気づいた。100%僕自身が悪い。12月中に支払った」

 ――ごまかそうという気持ちはなかった?

 「なかったです」

 ――相方の福田充徳の反応は?

 「“迷惑かけたんやから、しっかり謝ってきなさい”と言われた」

 ――個人の会社は節税対策で設立?

 「節税といえば節税ですけど、正直自分でもよく分かっていない。会社に経理担当はいません」

 ――世間の反応を受けて?

 「不信感、不快な思いをされた皆さんに申し訳ございません、としか言えない。SNSにもご意見たくさんいただいている。どう思われても致し方ない。納税してる方からするとお怒りもあるだろう。受け止める」

税務申告は我々サラリーマンのように天引きによる納税をしているものにはよくわかりませんが、やはり会計士さんのようなプロを雇って申告してもらうのが一般的ではなかったのでしょうか。私も医療費の控除のため確定申告を何度か行なったことがありますが、慣れない作業なので大変でした。その何年後かに、生命保険の満期の利息か何かを申告していなかったため税務署から呼び出しを受けたことがありましたが、その時はその金額に見合った税金と延滞金を支払い、確定申告はその場で税務署の職員がパソコンソフトでいとも簡単に終わらしてしまいました。これなら多少の延滞金がかかってもいいから自分で確定申告するよりは楽ではないかと思ってしまいました。

こういう自分に甘い考えが今回のような事の原因かもしれませんね。多少は面倒でも国民の義務である納税はしっかり行いましょう。