立てない病気  乳熱

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乳牛の病気は一般的に、お産に関係して発生します。その中でも、分娩直後に急に起立できなくなる病気が「乳熱」です。

乳牛は一年中搾乳され続けている訳ではなく、分娩前1ヶ月から2ヶ月は乾乳期間と言って搾乳をしない期間を過ごします。

この後、お産し仔牛を分娩すると、急に泌乳(牛乳が出始めます)が始まり、血液中の大量のカルシウムが利用され、血液中のカルシウム濃度が急激に低下し(低カルシウム血症)、筋肉が収縮力を失い、立つことができなくなります。

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カルシウムは本来飼料や骨から補充されるはずであるが,体内での代謝が不十分だと産後起立が不能になり,低カルシウム血症が重度の場合は、循環障害,意識障害をきたすこともあります。

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消化管におけるCa吸収

Ca が消化管で速やかに吸収されるためには消化管運 動による吸収部位への搬送が必要だが,分娩乳牛では分 娩ストレス,妊娠子宮による消化管への機械的圧迫,エ ストロジェンや副腎皮質ホルモンなどの影響を受けて消 化管運動と Ca 吸収が抑制される。一方,血中 Ca 濃度の低下も,消化管運動を抑制する要因の一つで あ る 。 し た が っ て , 分 娩 乳 牛 で は 消 化 管 運 動 の 低下に伴う Ca 吸収効率の低下により低 Ca 血症を招き, さらに低 Ca 血症による消化管運動の低下によって血中 Ca 濃度がさらに低下する状況にあると考えられる。

 

 乳熱は初産牛にはほとんど発症することなく、三産目くらいから発症が見られ、高齢になればなるほど発症率が高くなっていきます。

加齢は骨代謝並びに消化管 Ca 吸収に影響を与える要 因です。牛の血中骨吸収並びに骨形成マーカー値は加 齢に伴い低下し,初産牛では経産牛に 比較して分娩前後に高値で推移します。また,カルシウム代謝に関連するビタミンD3の濃度は年齢と共に減少する様です。

我々、臨床獣医師は分娩後乳熱になり、立てなくなった乳牛の治療に呼ばれますが、日常色々な病気を治療しているなかでも、乳熱(低カルシウム血症)に対する治療でカルシウム剤の静脈注射ほど劇的な効果を目の当たりにすることはありません。

乳熱姿勢で起立不能に陥った牛が、カルシウム剤の注射で直ぐに正常の横臥姿勢となり、ちょっと気合をかける(起立を促す)とその場で立ち上がることがよくあります。

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